statement

作品は、伝達の為に、設計図となるメッセージを翻訳した媒体のようなものではなく、作った私であっても、その色や形態、言葉や文字の配列、或いは物体の位置やなんらかの行動、なんであれ構わないが、それそのものの本当の裏側を解読できているものではない。例えば、誰かと歩いているとき、なんというものではない風景から美しさとでもいうようなものをお互いに見てしまっていることに気がつき、「お前もあれを見ていたな」という共感が起きることがある。そのような意識の共有が在ること、またそれとは独立した風景が在ること、それらに信頼を寄せること、それが私の考える制作の意味である。

2019