20190427
20190427_極地の森
20190427_極地の森
(絵画の)遠近法は、誰かに共有する意思でもあるのだと不意に思う
例えば、数人でドローイングやエッセイ(断章)を同じ空間で書いて、それを並べ換えるのを順番で行うとか。写真でそれに括りをつけるなんていうのも良いかもしれない。
ハイパーテキストの信頼性の担保というのはどう解決しようとされている(いた)のか気になった。有機的に繋がった文章というのは頭の中で思考する感覚に近いと思うし、そのそもそもの成り立ちを見たら(ちゃんと勉強…
ポリティカルって概念を力学的なものとして捉えるというのは、ある場面での、経済の使われ方みたいなことなのかしら 解放された観客、積ん読になってしまってるので、読まないと ただ、論理は、定位させることは、…
本を読むとその本に関する本を読むことになるから同時に読む本の数がどんどん増えていき それぞれの読むスピードが数に比例して落ち続け、このままいくと絶対に全ての本の最後のページにたどり着けないのでは とい…
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