いろいろ調べてどれだけ見ようとしてこなかったんだろうと少しショックになっていたりする。本当に知らな過ぎる。見ていな過ぎる。
ただ、それと同時に仮に今改めて見返していたり、収集しているそれらを知っていたとして、それでこれまでの作品が良くなったかというとそうでもないだろうとも思えること、。
明確に参照される知識ではなくても根っこの考え方としては、ある程度の範囲の情報に触れていることで案外得られていて、作る上での共通認識の地平みたいなことも得ているように思えたこと。
とはいえここで改めて得ている知識なりはまた必要になると信じてみたいところではあるけど、どうやら作るときの感覚や構造のリソースはそこではないのかもしれないという直感。
結局直接感覚していることとか