20240409

既に勉強してきてた価値観と思っていたけど、急に実感した。しばらく自分の興味が違うところに移っていたからというのもある。

ギャラリーで展示して、美術館に取り上げられるなんていった流れは世の中で定番にあるものと思うのだけれど、こうして考えていくと、その空間設定はノイズを排除することをやった結果、リアルな生からは切り離されていっているわけで、モダニズムとかそういう時代の価値観の設定ではないと、(目指してるのかわからんけど)純粋美術とかいうより、むしろ不純なんじゃないかなんてだって言える。

市井で起きている諸々を紹介するようなことは枠としてできるのだろうけど。

一回ギャラリーに収まったものが、再び路上に出たときの衝動みたいなものはさすがに今その感覚は持ちづらいところだろうし、そういった外に出る事(帰る事)すらいろいろがパッケージされてしまっていてそもそもそんな感覚からは乖離してきちゃってるのかもしれない、とかも思う。(レジデンスやら市中の美術展やらのシステムとか助成金とかそういうのいろいろ)

マーケットや美術館みたいな制度が作品のフレームワークに影響を及ぼさない形で作られちゃっている作品は、格好良いんだろうなぁと改めて。そんな純粋なものなんてないのもわかるし、今更そんな感覚を持つ事自体難しいことではあるけれど。

あとは、店をととのえるみたいな用途?モチベーション?みたいなものがくっついちゃってる方が素直に見える不思議ってなんだろうというもう一つのひっかかり。

そしてこんなメタいことメモしている不純と