少し前のとある会話で、自分が日常会話が下手くそで、なんとかしようと思ってこういった文章書くきっかけの一つになっていたと、お喋りすることがあり、もろもろ思い出すきっかけになった。(勿論それだけが始めた理由ではない)
天気以外おおよそ何話したらいいかわからん。
営業の人みたいに野球とか三国志とか、そのためにわざわざ興味もないのに勉強したりなんていう努力は当然してきていないので、そもそも意識が低い。いや、歪んでるのか
それでも気にするところはあり、ある時期は悩んでいたが、ある時考えてみれば会話が続かないことの50%は相手が悪いということだよなと考えられることに気がついて、そこからは50%は気が楽にいられるようになった気がする。
他責思考万歳。(いや、イーブンか)
まぁ、そうはいえど残り50%上手くできていないのは別に直るわけでもなく、結局その罪悪感というか自責が日常を蝕んではいくわけで、おおよそストレスなんてものはこういうものから醸成されたりするわけだったりする。もっともその抑圧されたなにかが押し込まれて歪にびゅっと横に飛び出したのがここの文章やら作品やらなわけだから、必要はあるのかもしれない。
あぁ嫌だ
まぁ、結果的にこういう偏った話題なら多少増えたのかもしれないけど
沈黙が快適な関係とか素晴らしいと思う。