お金を刷って、インフレが起きて、余剰が投資されて、資本が集中して、格差ができて、そこから起こる上昇への欲動が全体の運動の動力になるってことなのかなとか、どうなんでしょう。(そして国家なりがある範囲に収まるよう調整を行う。)
権威みたいなものへの上昇への欲動も似たようなものなんじゃないかとなんだか感じるようになってきている。結局世界の発展の原動力はそういうところだったりするのかなとか、
ものを作ることの欲動も、一見純粋で自己完結してる風を装ってはいつつ、その他の作品、歴史、今までの作品などと相対的に価値化を行ってはいるわけで、
その判断の尺度を自身の中でどれだけのウェイトを持てているか、他者評価に依存しているかの差はグラデーションではあるだろうけど、(前者のウェイトが大きいほど純粋な風には見える)
個人的に前者の方が格好良く高潔にみえて、そういうものに憧れてきていた。、けれど、こう整理して考えると実はどちらが良いというようなものではないのかもしれない。あまりに他者性がないというのもそこに発展が実際あるのかと考えたら、、なんだかそれはそれで考えものな気がする。
あとは根本的には手に入りづらいものへの欲望な気がしてみたり。唯一無二(なんてものはないんだけど)の作品を作ることができたら、それは例えばアルファードを所有することよりもはるかに手に入りづらいわけで、
つまり、学のようなものに勤しむということは、ストイックなように見えて、実はよりとんでもなく欲深い生き物なのかもしれない。
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子供の頃に作ったものを良いなぁと浸っていたそれは、相対化していない価値を感じていたかもしれない、とも同時に思う。