20250821

作品の単位をほどく感覚は、自分が影響を受けている本に多分由来している。

ペソアの本(文章)と、テッドネルソンの文章。

ペソアのもともとから本の形式におさまっていない断章の数々が、その単位のままそもそもの美しさ、価値を保っていること。

テッドネルソンの、スピーチや論文ではなく、意識の中に近い状況をそのままに反映できるようにhtmlを作っていった考え。

いずれも一般的な形式、例えば本などの形式に意識をフィットさせるような動きに反する、というか影響下にない動きを持つ要素のあるものと思っている。

そして、どちらもが強烈に自分に影響している。

多分に視覚的な芸術にも、そのような一般的な形式が、展示空間や、一個として認識されている作品の単位など、意識下のレベルで存在している。キャンバスやギャラリーのフレームを越えようとも絶対に今の一般として先に意識にイメージされるボリューム感が存在している。

異なる手続き、フレームの設定として極めて小さなものを含めての作品と文章の集合として、それらが互い関係付いた構造を持った、喩えるなら鳥が拾い集めた枝葉や光りものなどで巣を作りなにかを招き入れるようなあり方でウェブサイトを捉えようとしていて、だからこそのそれらに掛かる宣言としてのステイトメントがエピグラフとしても成っていること。