重くなるというので、デスクトップが片付いていないのは唾棄すべきことだとしばらく信じてミニマリスト的(変な喩えな気がする)にデスクトップは最小限に使うように意識していたのだけれど、その後ターミナルを開いてほんの少しCUIを触ってみてから、GUIの有り難みを痛感した。windowsもmacもだからこそ爆発的に広まったのだと思うようになった。人間の認知過程には言語だけではなくイメージというのは必要なのだろうなあと、

コンピューターは世の中を便利にするための道具なのだから、わかりやすさのためにマシンのリソースを割くことは、寧ろ有意義なことなのだと思えるようになったのだった。

というかGUIを作ったことが本当にすごいことなんだろうと。

その考えの転換は、大げさだけど、なんとなく世界の認識や、論理というもの、ひいては表現に対しての自分の考えにも影響したようにも感じたのだった。

そういえば、自分はもともとマカーというほどの執着はなく、周りがmacだからという理由くらいで選んでいたのだけれど、ubuntu入れたときに書いたことだけど、改めて本当に人間を考えてよく作られているプロダクトなのだなぁと思ってしまう。

とはいえ、デスクトップ本体、マウスのusbポートの位置と新しいノートのキーボードの打ち心地だけは理解できないけど。。